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赤紙ーみいけの年表昭和34年12月2日朝、三井三池鉱業所は組合員約1400人に対し、配達証明つきの速達で退職勧告状を郵送した。 「9日までに応募しない者については指名解雇することになる」と会社側は言明。親たちはこれを召集令状にたと えて"赤紙"と呼び、「いつ自分たちの所に赤紙が来るか落ち着かない毎日」だったという。
そして、1200名の指名解雇撤回を要求して三池闘争がはじまった。だが、国家が介入した争議に勝てる訳がなく、
約1年の闘いの後、労働者側の敗北となる。その結果、労働者家族は故郷を追われ全国へ散っていった。 以下の記録は朝日新聞などの報道記事を筆写した。
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