赤紙ーみいけの年表

平成元年1月25日
 三井三池三川鉱坑内火災訴訟 和解が成立 総額4755万円

平成元年3月12日
 炭鉱離職家族3人が心中? サラ金から600万円 大阪 20年前に福岡県飯塚市から大阪へ 夫婦で働いていた

平成元年3月13日
 死者237人の福岡・山野鉱爆発 24年ぶり全面解決へ 死者1人当たり 一律500万円の和解額

平成元年7月26日
 大牟田市から坑口消える
 大量の過剰貯炭を抱えている三井三池炭鉱は26日、三池鉱業所の新たな合理化案を提示した。
 1 現在年間300万トンの生産体制を250万トン体制に縮小し、鉄鋼・ガス向けの原料炭生産を中止する
 2 10月をメドに第1鉱(旧三川鉱)を第2鉱(旧有明鉱)に統合して「三池鉱」とする
 3 一般鉱員約550人、職員約150人の計700人を削減する
というのが主な内容。三池炭鉱の合理化は3年連続となった。
 第2鉱は福岡県三池郡高田町にあり、坑口統合により、民営化100年を迎えた三池炭鉱の本拠地・大牟田市から採炭用の 坑口がすべて消えることになる。

平成元年9月15日
 崩落で2人生き埋め 南大夕張鉱 1人は遺体で発見

平成元年9月29日
 北炭幌内炭鉱閉山 100年の歴史にサヨウナラ 「苦しい思い出ばかり」
 明治22年に官営から引き継がれた北炭最古の幌内炭鉱は、この日限りで従業員1090人全員が解雇され、1世紀の歴史に 幕を閉じた。一昨年に始まった第8次石炭政策下では3番目の閉山。「石炭城下町」として栄えた三笠市も「脱石炭」とい う新たな試練に立たされることになる。同鉱労組の委員長は「長い歴史の中で、多くの先輩が命を落とし、同時に地域の 基礎を築いてきたことも、いま心に刻みたい。苦しい思い出ばかりだが皆さんの今後の活躍を祈る」と涙ながらに挨拶をした。

平成元年10月16日
 全国一のミニ炭鉱 粘り限界 閉山 59人全員解雇 北海道
 北海道空知支庁栗沢町の伊藤炭鉱は、採炭条件悪化を理由に16日付けで閉山した。同鉱は、20人余りの坑内員で発破をかけながら 採炭していた全国一のミニ炭鉱。昭和33年に地場の炭鉱から経営を引き継ぎスタートした。露天掘りと坑内採炭をしており、昨年度 の出炭実績は約43000トン。すべて電力用一般炭で北海道電力などに供給していた。累積赤字も約3億に達したことから閉山を決めた。 今後、約20人を再雇用し、露天掘りで経営を続ける。

平成元年10月24日
 新生ハンガリー共和国 数十万人祝賀デモ 国旗揺れ 拍手こだま ソ連は静観

平成元年11月10日
 東独、国境を開放 ベルリンの壁、実質撤廃 数万人、直ちに西へ

平成元年12月23日
 ルーマニア チャウシェスク政権崩壊 大統領を軍が逮捕 市民が勝利を宣言

平成元年12月26日
 チャウシェスク大統領夫妻を処刑 ルーマニア「国民虐殺」の罪

平成2年1月30日
 東独元議長ホーネッカー氏逮捕

平成2年2月8日
 ソ連 一党独裁に終止符

平成2年8月3日
 イラク軍、クウェートを武力制圧 米ソ、無条件撤退を要求

平成2年10月3日
分断45年の歴史に幕 新生ドイツスタート「歓喜」の中、不安もなお 消えた東独

平成2年10月11日
 北朝鮮に抑留7年 富士山丸船長ら帰国 「おとうさん?」「違う?」と妻のただ涙、言葉にならず  紅船長らがタラップに姿を現したとたん、「おとうさん、おとうさん」と長女は嗚咽(おえつ)をもらした。

平成2年12月1日
 産炭法10年間延長へ 産炭審答申 同法により現在は、北海道、九州を中心にした7道県204市町村にわたる産炭地域が 税制・金融面などの優遇措置を受けている

平成3年1月14日
 ソ連軍発砲、13人死ぬ リトアニア 放送局を占拠 負傷者も144人 最高会議周辺 市民15万集結  モスクワ2万人が抗議集会

平成3年1月17日
 多国籍軍、イラクを攻撃 バグダッドやクウェート爆撃

平成3年2月28日
 湾岸戦争終結 米大統領が「勝利宣言」 イラク、国連全決議受諾

平成3年5月22日
 炭鉱閉山 さらに推進 「最後の政策」答申へ 石炭審議部会
 通産省の諮問機関である石炭鉱業審議会の政策部会は21日、第8次石炭政策(1987年度から91年度)後の新政策の答申原案を まとめた。原案は、これまでの政策のような生産規模の目標を示さず、電力業界を中心とする需要者財政の負担と、国民経済的 な効果の均衡点まで、さらに合理化、閉山を進める考えを打ち出している。同時に国内炭のエネルギー政策上の役割を明確にし、 コストの見合う炭鉱は存続させる方向だ。関係法令の期間は10年間。明治以降の近代化を支えた国内の石炭産業は今世紀末に向 けて最終の構造調整を迫られることになる。
 通産省としては、今回の答申は「最後の石炭政策」と位置づけ、「9次策」とは呼ばない方針。
 坑内掘りをしているのは現在、6炭鉱。九州の三井三池、池島、北海道の太平洋、住友赤平、三井芦別、空知だ。このうち採炭 コストが比較的低い海底炭鉱の三井三池、池島、太平洋を除けば、その他の炭鉱は厳しい状態にあるといわれる。

平成3年6月4日
 雲仙普賢岳 大火砕流、山ろく襲い死者37人 集落、焼け野原 消防団やパトカー襲う  「もう逃げ切れない」警察官絶叫 交信が途絶 階級章などで遺体確認

平成3年6月8日
 国内炭 生産目標示さず縮小 今世紀中に合理化完了目指す
 石炭新政策の特徴は、国内炭鉱の経営多角化や海外炭事業進出を支援し、地域振興策を前倒しに実施するという「やさしい南風」 によって合理化・閉山を促す点にある。1991年度で終わる8次策が需要の減少という「厳しい北風」で閉山を進めたのと大きく異な る。
 国内の石炭需要の90%以上は海外炭でまかなわれ、90年度の海外炭輸入量は、1億800万トンにのぼった。
 国内炭はいまや、エネルギーとしての意味がほとんどとなく、売上高も1400億円にすぎない。それでも国家財政から1千億円以上、 海外炭の2倍以上の炭価で引き受ける電力会社が1千億円近い負担をして支えている。
 新政策はこうした状態の中で、「最後の構造調整」を打ち出し、60年代以来の石炭の合理化策を今世紀中に終える考えを示した。 日本の近代化の基盤をつくり、三井・三菱をはじめとした旧財閥の富の源泉になった石炭産業が、「南風」を受けながら、「死」を 迎えることになる。

平成3年8月26日
 ソ連、共産党一党独裁に終止符 ゴルバチョフ大統領声明 書記長辞任 党解散へ

平成3年12月7日
 産炭地域を財政支援 審議会 実施計画を答申
 通産相の諮問機関、産炭地域振興審議会は6日、北海道、福岡、長崎、熊本の4道県にある8ヶ所の産炭圏域を中心とする地域振興策を 盛り込んだ「産炭地域振興実施計画」を答申した。地元主導の計画であるとともに、産炭地域や閉山地域への財政的支援を「約束」す る色合いがある。計画の対象となったのは19の産炭圏域で、このうち今後10年間の振興助成を打ち出したのは、現在も生産を続けてい る中空知、釧路、筑後、有明、長崎の5圏域と、閉山後の地域経済の低下が著しい南空知、筑豊東、筑豊中・西、の3圏域。

平成4年1月25日
 常磐炭鉱じん肺第1陣訴訟 患者83人と会社が和解 支払い総額4億2千万円

平成4年5月19日
 じん肺訴訟 賠償に時効適用せず 札幌地裁 一律救済の和解案
 被告側のうち最大の患者数を抱える住友金属鉱山の代理人の弁護士は、「石炭の場合と違い企業側がじん肺対策を十分に講じて きた」とし、「常磐炭鉱訴訟の和解金額よりむしろもっと低くなるべきだ」との見方を示した。

平成4年6月10日
 坑道で落盤 坑内に3人 三井三池
 9日午後5時50分ころ、福岡県三池郡高田町昭和開の三井石炭鉱業三池鉱業所三池鉱(旧有明鉱)で落盤事故があり、 3人が坑道の奥に閉じこめられた。会社は約60人の救助隊を組織して救出活動を続けている。現場は、坑口から約8.8キロ、 海面から深さ約320メートルの有明海底。6人一組で掘進作業中、突然天盤付近が崩れ落ち、長さ約15メートルにわたって がれきが広がったという。

平成4年8月11日
 国内の炭鉱縮小 石炭4社 "受け皿"計画
 三井鉱山がインドネシアで採炭を始めることになった。オーストラリアのドレイトン炭鉱、カナダのクィンテット炭鉱、 米国のブルマウンテン炭鉱に次いで4ヶ所目。この他三井鉱山は、北海道と福岡県でトラック荷台の製造や倉庫事業、社有 病院を使った医療事業などを展開する。

平成4年9月25日
 芦別鉱 最後の採炭。28日に閉山する三井石炭鉱業芦別鉱業所の採炭が25日早朝で終わった。今年度から始まった国の 新石炭政策下での閉山第1号で、54年の歴史に幕をおろす。

平成4年12月29日
 戦前・戦中の強制連行(朝鮮人徴用)名簿 新たに17000人分 韓国側に引き渡す
昨年3月の第二次分以降に存在が明らかになった資料十数軒からまとめたもので、労働省によると、福岡県内の炭鉱従業員 名簿2件に約15000人、大日本産業報国会の産業殉職者名簿に約980人が記載されているという。
 今回の名簿を合わせて、これまでに韓国側に渡した名簿は約10万8千人分になる。

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