水俣をさるく 2  熊本県水俣市 (2011年9月23日撮影)


 「見てみたかった、あなたの故郷」とは、水俣市観光ガイドブックのキャッチフレーズである。熊本県の最南端、鹿児島県 出水市との県境にある水俣市の人口は27,598人、世帯数12,222人(2010年12月末現在)。
 水俣の海は、魚が湧くと言われるほど豊かな海だった。しかし、1956(昭和31)年5月1日、水俣市で原因不明の病気の発生が公式的に確認、報告された。 そして、「水俣病」として、その原因がチッソの廃水たれ流しによる公害であると政府が公式見解を発表したのが1968(昭和43)年のこと。その間、幾多 の人が亡くなり、また重症患者を生み、「奇病・伝染病」と誤解され疎まれ、就職差別、結婚差別、漁業の衰退による家庭および村の崩壊、そして、チッソ を擁護する側と、謝罪・補償を求める側との、同じ市民同士の対立が起き、それは対岸の島々、果ては隣接する鹿児島県出水市にまで及んでいった。
 先の政府による公式見解発表にもかかわらず、チッソ並びに国、県を相手取っての長い裁判闘争という新たな患者たちの苦難の道が強いられた。 2004(平成16)年10月、水俣病関西訴訟の最高裁判決で、チッソと並んで国・熊本県の責任が水俣病事件史上初めて認められ、未認定患者原告にも補償が 認められるに至ったが、水俣病をめぐる患者救済が未だ終わったわけではなく、水俣病に対する偏見の克服、地域社会の再生等、未だ万全とは言い切れない。
 水俣の、過ちは二度と繰り返さないでほしい、という願いと教訓が、現在果たして本当に活かされているのか。今年3月に起きた福島原 発事故に対する企業と国、そして私たち市民の言動を考えたとき、そうとは言い切れないものが見え隠れしている。「ノーモア・ミナマタ」、そして、「ノ ーモア・フクシマ」。そう叫ばずにはいられない。

魂石(たましいいし)

 かつての水俣湾埋立地の親水護岸。ここは、水俣病原因物質の有機水銀が埋め込まれた地と自然の海との境界の場である。
 ここには、悲しい水俣病の出来事を多くの人に伝えていくことを目的にした「本願の会」(1994年3月発足)メンバーが制作した石仏50体ほどが不知火海 (八代海)に向かって安置されている。「水俣病患者がそのうちにいなくなれば、みんな忘れられてしまう。おどんたちの生きた証しばどげんかして残せん もんじゃろうか」。そんな被害者並びに遺族の切実な思いが、ここにある。
 私がこの日ここを訪れた日は偶然にも、水俣病で犠牲になった全てのいのちに祈りを捧げる「火のまつり」(水俣市主催)の開催日だった。同 写真奥に見える高校生の集まりは、そのイベントで合唱するリハーサル風景である。

魂石

魂石

 遠くから、石仏全体を見渡すと、それらが魂が宿る墓石のように見えてくるのは、私だけだろうか・・・。

魂石

魂石

 石仏の影を見ていると、影が何か言いたそうに見える。そこに言魂(ことだま)が宿っているのがわかる。

胎児性水俣病に犯された子を抱く母の像

 1962(昭和37)年11月29日、16人が胎児性水俣病、または先天性水俣病と認定された。

魂石

 「さくら さくら わがしらぬいは ひかり凪(なぎ) いのるべき 一大と思えど 一大の病む」

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