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三池争議の闘いの中から生まれた「三池のこども」という作文集がある。昭和35年8月30日、新読者
社から出版された。三池争議の真っ只中の時である。
同作文集は、新港社宅のこどもたちの作文集「はと笛」や三池労組機関紙「みいけ」などに発表された作品の中から編集されて いるため、読む者にとっては違和感を感じる人もいるだろう。しかし、当時のこどもたちに三池の闘いがいかに大きな影響を及ぼ していったかを知ることが出来る貴重な歴史の記録でもある。 三池の闘争は、闘っている者の人間関係を大きく変えたと言われた。それは、志(こころざし)を同じくする者同士にあっては その関係を一層親密にしたが、一方、敵対したがためにそれまで隣人であった人間関係は泥沼化した。
そんな中、社宅の中に「炭っ子グループ」「仲よしグループ」「山の子グループ」など、新しい人間関係が形づくられていった。 東川さんは「新港社宅の人間関係は私にとってユートピアであった」と語る。炭っ子グループ・メンバーの或る家に誘われて遊 びに行くと、それまで聴いたことがないクラシックやジャズ音楽が流れ、ある種のカルチャーショックを受けたという。遊び疲れ てお腹がすけば、一つのインスタント・ラーメンを分け与え、上級生は特に下級生を大事にした。その人間の温かさは、同じ炭鉱 社宅であっても新港社宅は特別であったという。
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「姉ちゃん、姉ちゃん、第二組合が団体で荷物をとりに来たよ、はよ、はよ」と玄関の戸をガタガタ
させながら、妹が入ってきた。私はすぐ「幸信ちゃん方も荷物を取りにきたね」と聞きました。そして、靴もそこそこに私は走り
ました。
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