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昭和42年7月14日午後7時20分、CO中毒患者家族の会ら75名が、三井三池三川鉱斜坑に
入坑した。当然会社側からは「命の保証はしませんよ」と制止されたが、妻らはそれに反応も示さずただただ黙々と
坑道を歩いて下っていった。そして丸6日間の144時間、坑口から1800メートルの所にある人車待合所で座り込みを続
け、CO中毒患者救済特別立法の成立を国に訴えた。坑内は湿度が高くてジッと座っていても汗がダラダラ出るような
環境であったが、坑内で働く者たち、第二組合員もらが、会社に内緒でソッと弁当や水筒の差入れをして支援した。
座り込みの間、患者の妻らは家に残した子供らのことが特に気がかりだったが、それだけ決死的な覚悟だった。
![]() CО闘争支援催しのチケットの半券(河口さん提供)
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