手記・わが職場分会の強者たち 〜 故井手分会長への報告


三池炭鉱労組三川支部 織田喬企

(昭和42年8月16日付け 三池労組機関紙「みいけ」より)



「黙ってしろ!」
 保安を無視した上に不当な作業指示に対して正しく意見具申を行った先山の言葉に、跳ね返された保安係員の暴言だった。 小さくてもたくましい先山の五体に怒りが走った。三本線に託した二人の心は一つになって爆発した。意見を述べる相手ではない。 「黙ってしろとは何事だ」。強く激しく詰め寄る私にまたしてもかってない暴言となって跳ね返ってきた。
 「お前は昇坑(あが)れ!」
 「昇坑れと言われて仕事をする必要はない。話はあとからだ!」
という先山の言葉にうなずき、労働者を奴隷視された屈辱感に耐えながら、たぎる怒りを心に収め、先山と二人昇坑して行った。 11月8日、二番方、夜の坑底でのことであった。そして翌日、昭和38年11月9日、忘れようとて忘れられないあの日、午後 2時40分頃の繰込み場である。
 三池労組総勢65名、私1人残し、他は全員配役終了。私の名札は主席係員の手中に収まったままだった。分会長が感知された。 みんなが残った。予期していたとおり、精一杯受けて立つまでだ。私は肝に銘じた。緊張の一瞬が過ぎた。その時である。
 「みなさん、下がって下さい!下がって下さい!」
 いつもは顔を出さない係長がみんなの後方から駆け寄り、腰かけ台に革靴のまま立ち上がり、大きく手を上げ絶叫した。みんな の怒りが飛んだ。
 「下がって下さい。もう時間です・・・・」
 「まだ間に合うぞ!話をしろ!」
 ひときわ大声で叫んだ分会隋一の闘士であった故浜さんの声がその時の怒りに燃えた表情と共に、いまも私の眼と耳から離れな い。(浜さんこと故浜田時吉氏であるローダーマンの彼は、就労以来、たったの一度もローダーのハンドルを握ることはなかった。 三本線と引き換えにローダーマンの資格を失ったのである。彼ほど徹底した差別を受けた人は少なくないだろう)
 「係長!上がってから話しに来るぞ!」
 みんなの怒りを表すごとく、強く、鋭い分会長の抗議の声は、一瞬静まっただだっ広いコンクリートの繰込み場の中に怒りに満 ちて響き渡った。
 「上がってからも話は受けません・・・・」
 冷たく必死に叫ぶ係長の姿は資本に飼育された哀れな人間の表情であった。

 井手さん・・・・貴方のひげ濃い顔、太い眉が示す鋭い勘。みんなの信頼を一身に集めた貴方の英知と小さな身体にあふれんば かりの闘魂を秘め、鋭くリンとして抗議された貴方の言葉は、一人残された私に新たに勇気と自信を与えてくれました。
 係員の作業指示はまったきものだと言わんばかりに強要する係長・主席の高圧的態度に私は決して動じませんでした。故浜さん の連絡によって執行部から故北岡さん、それに程内さんが来られ、一応の話はつきました。
 貴方たちが入坑されて、私も30分遅れ、3時12分、その坑底に向こう最後の人車に乗ったのです。一人乗った人車の中で、 私は貴方に報告すべく係長・主席との問答を繰り返し繰り返し脳裏に描きながら坑底に向かっていました。
 やがて一目貫を過ぎ、二目貫に至らんとした時、ピタリと静かに人車が停止しました。「はて?何事か」と思う間もなく強烈な 爆風と煙の中でキャップランプの光さえさえぎられ、一瞬のうちに真っ暗な闇となり顔をあげることも出来ず、座席の中かにうず くまりました。しばらくしてから煙が引くのをみて、3人で坑口に向かい車道をニラミつけるようにして歩き出しましたが、途中 で1名は歩けなくなり、肩をかして昇坑しました。
 繰込み場で別れて30数時間ぶりのあなたとの対面は、このうえない怒りと悲しみが私の全身に奮い立った。こらえにこらえて いたものが込み上げてくるのをどうすることも出来なかった。あなたがかすかに浮かべられた笑みと静かな表情は、昨日別れたば かりのいつもの分会長の姿であった。死に至る数分間を黙したまま語っていると思った。
 ”井手さんが死んだ!殺されたのだ!”
 何度も何度も頭の中に叩き込んだ。昨日までの闘いのあとがグルグルと急速に回転した。
 メモ化闘争において戦術転換を余儀なくされたときの職場集会でのあなたは決してひるまなかった。後退の中に、次の闘いを提 起し、一歩もゆるがず「我々の抵抗とは何か」を常に論じ、常に先頭に立ち、味方の士気を高め、禁止された柵内での集会を一番 方昇坑時、作業着のまま脱衣場の横で緊急5分間集会を開き、そこでのあなたは緊張したみんなの顔に比べてただ静かに笑い、闘 いを説くその計り知れない落ち着きと勇気が、どんなに就労後の闘いを支えたことだったか・・・。
 聞きたかった口元は「織田さん、係長は何て言うたな?」と問うているように思えた。その日、昇坑後必ず聞いただろう言葉だ った。そして、またみんな係員に厳しい抗議をしてくれたであろう。私も答えたかった。報告したかった。「井手さん・・・・」 くちびるが震えた。報告すべき言葉を心につぶやいた。
 「浜さんが死にました・・・ボウッ(北原さん)も・・・坂口リュウちゃんも・・・」
 昨日、繰込み場で怒りを叩きつけながら入坑していったみんなの顔が浮かんできた。涙が、とめどもなくこぼれてくる。
 ”こんなことが・・・こんなことがあってよいのか!”、”こんなことが許されてよいのか!”
 あれから3年有半・・・・。闘いの中に日は急速に流れ、休むいともない闘いの連続でした。資本の流す濁流に坑し、きびしか ったいくつかの壁を突き破り、あなたが残した闘う者の魂は、CO特別立法制定のために、CO家族70名による座り込みを敢行し ました。
 3本線は”不滅”です。闘いはいまからです。井手さん、見ていて下さい。炭鉱労働者の命運をかけて、高々と掲げる3本線の 赤旗を・・・。

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