七浦坑跡


官営時代の最も古い施設が残る炭坑跡

1.概要

旧捲揚機室

年代:明治16(1883)年〜昭和6(1931)年。明治時代の主力坑の一つ。

現存遺構
・旧第一竪坑捲揚機室他
・旧第二竪坑関連建物

見学:現在、工場敷地内にあるため、立入ることはできないが、第一竪坑の捲揚機室を遠望することはできる。

所在:大牟田市合成町


2.現在残されている遺構

2.1 第一竪坑関連施設

 七浦坑には第一竪坑、第二竪坑、第三斜坑の三つの坑口があった。このうち第一竪坑は揚炭、入気、排水に使用されていた。明治12(1879)年7月9日に開鑿着手され、明治15(1882)年6月完成、明治16(1883)年1月に操業が開始された。官営時代の主力坑の一つとして活躍。その後、第二第三斜坑に先立ち、大正12(1923)年5月16日に閉坑された。
 『福岡県の近代化遺産』によると、旧捲揚機室の他に、竪坑のレンガ囲い部分、櫓の一部が残っているという。

 官営化後最初に開坑された大浦坑の関連施設は全て失われているため、現在は大浦坑に次いで開坑された七浦坑跡の関連施設が官営時代の最も古い遺構になる。


旧第一竪坑捲揚機室

 捲揚機室は切妻平屋。レンガはイギリス積み。現在はレンガで塞がれているが、本来は上部がアーチ状の開口部の痕跡を確認できる。
 『福岡県の近代化遺産』によると現在は、ポンプ室として利用されているという。

 末広町の三成化学駐車場から東方向を望むと、このレンガの建物を見ることができる。

旧捲揚機室

2.2 第二竪坑関連施設

 『福岡県の近代化遺産』によると、ヴォールト屋根のレンガ造平屋建物が現存しているという。


3.七浦坑についての詳細

  • 七浦坑は官営期の主力坑として、また近代的炭鉱の始まりとして活躍。
  • 石炭は上海に輸出され、外貨獲得という形で国に貢献した。
  • 官営時代の最も古い施設が残る例として貴重

明治17(1884)年三池鉱山本局から七浦坑間に初めて電話開通する。(市史p.420) )

坑外運炭 馬車鉄道


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七浦坑に関するデータ
 第一竪坑第二竪坑第三斜坑
役割揚炭、入気、排水用排気、排水、人員昇降用宮浦坑排気用
開坑明治12(1879)年7月9日開鑿着手
明治15(1882)年6月完成
明治16(1883)年1月操業開始
明治15(1882)年4月開鑿着手
明治16(1883)年6月完成
明治17(1884)年6月12日開鑿着手
明治17(1884)年11月23日着炭
閉坑大正10(1921)年8月22日揚炭廃止
大正12(1923)年5月16日閉坑
昭和6(1931)年5月1日閉坑
深度76m--
坑形直径4.27m直径4.27m3.81×1.83mのヴォールト
排気明治17(1884)年キーパル式蒸気扇風機*1明治35(1902)年チャンピオン式電気扇風機*2
*1 三池炭鉱最初の扇風機。(市史p.420) *2 三池炭鉱最初の電気扇風機。(市史p.518)
参考文献
  • 高野江基太郎(1908)『日本炭坑誌』pp.194-229
  • 平島勇夫(1993)「三池炭鉱七浦坑跡」『福岡県の近代化遺産』pp.150
  • 本木栄(1939)「三池炭坑誌」『大牟田市史』pp.374-402
  • 三井鉱山株式会社(1990)『男たちの世紀−三井鉱山の百年』p.16
  • 『大牟田市史中巻』p.420, p.518

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